2018年5月26日

お茶漬け、コロッケ、ショートケーキと「麦秋」

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あこがれの原節子主演の映画を見たのは「麦秋」が初めてです

高校生くらいの頃、原節子の顔にとてもあこがれていたんです。

全盛期の頃はたしか「永遠の処女(をとめ)」「和製ガルボ」なんて言われていましたね。
どんなにあこがれても、田舎の高校生の垢抜けない顔面が原節子になれるはずもなく、本当に写真を見てはため息をついていました。

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今となっては、スチール写真の原節子は照明の調整で作った絶世の美女だったと思うんですが、それでも美しいに変わりはありません。
ずっとあこがれていた原節子の映画を初めて見たのは高校3年生くらいの時で「麦秋」でした。

その頃は小津安二郎のなんたるかも知らずに、ただ、原節子が出ているって言うだけで見に行ったんですが、今にして思えば麦秋が紀子三部作では一番演出が派手だったように思います。
広く知られているのはローポジションからの固定撮影しかしなかった小津が、麦秋で初めて移動クレーン車を使った撮影に取り組んだ作品です。
これだけでも充分に派手な演出と言えるでしょうが、自身の結婚を決めた紀子がその夜、台所でお茶漬けを豪快にかっ込むシーンがあったんです。
兄嫁に「コロッケもあるのよ」とか言われて「はーい」なんて機嫌良く応えて完食。

お茶漬けをかっ込むシーンの迫力に度肝を抜かれました

原節子って言えば、小津映画にたどり着くまで「安城家の舞踏会」や「お嬢さん乾杯」で没落貴族の令嬢役を演じていて、ナイフとフォークで西洋のお食事を召し上がるイメージしかなかったんですが、いきなりのお茶漬けかっ込みに、この監督は一体何を考えているんだろうと度肝を抜かれたんです。

とにもかくにも私にとってはこの作品がい津初体験だったので、今だったら看過できないようなこともサラっと受け流していました。
たとえば笠智衆がめずらしく老け役ではなくって、実年齢に近い役を演じていることや、東山千栄子が紀子の母親役って、遺伝子的にどう考えてもおかしくないですか。
東山千栄子がもともとは良家の子女だったことは分かっていますが、加齢による肥満で性別不明となってしまったあのビジュアルで原節子と親子役だとか、やっぱりおかしい。

二番手の女優さんを探し出す愉しみ

ここで二番手の女優さんについて少し考えてみたいんですけれど、小津が好んで起用していたのは三宅邦子です。
麦秋では笠智衆の妻の役を演じています。
先ほど述べたクレーン車での撮影で原節子と海岸をそぞろ歩くのも彼女です。
聡明で清潔感のある、容貌はやや地味ですが好感の持てる女優さんです。

これが成瀬巳喜男になると中北千枝子をチョイスしてしまうんですね。
身なりがだらしなく薄幸オーラが出まくっている女優さんです。

どちらも両監督のお気に入りだったようで、それぞれ多数の作品に登場しています。

三宅邦子は身なりも小ぎれいにしていつもお掃除やお台所仕事に忙しくしています。
彼女がいるだけで辺りに清潔な空気が流れるようです。

だらしない中北千枝子は家事仕事もろくにできず、何かしら周囲に淀んだ空気を漂わせています。

これはそれぞれの監督の好みなんだと思いますし、小津映画で三宅邦子がいないとさみしいし、成瀬の作品に中北千枝子がいないと残念です。
こんな風に二番手の女優さんを探す楽しみもありますね。

二番手と言うわけでもないんですが、紀子の上司役で出ている佐野周二(関口宏のお父上です)、この人小津映画に出演する時は損をしていますね。
真正面から見たら二枚目なのに、ローポジで見ると歯並びが良くないので怪獣みたいに見えるんです。
まったく残念なことです。

紀子の縁談をめぐって家族は右往左往

紀子だってお年頃ですし、あの美貌ですから縁談のひとつやふたつがないわけではないんです。
首を縦に振らないのは、どうしても自分が納得の行く嫁ぎ先が見つからないからでしょう。

ご近所に住む、兄と同じ病院勤務の医師である矢部には心を許しているようで、夜、子どもたちを寝かせてから兄嫁とこっそり銀座で買って来たショートケーキを食べているところに矢部が訪ねて来たのでお勧めすると、「お宅ではちょいちょいこんなものを召し上がっているんですか」って驚かれるんです。
まだまだ甘いものは贅沢品の部類に入る時代のことですから。
紀子は「そうよ、うふふ」みたいに受け流すんですが、この辺りで紀子の好意は矢部にあったのかなとかも思います。

矢部は戦死した紀子の次兄とも親交があったので、心を許すのは十二分にあり得ることですね。
その矢部に急な転勤話が持ち上がるんです。
この転勤話を受けると、次の出世への道が待っていると、秋田への転勤なんですが。

矢部は母と、亡くなった妻の忘れ形見である幼女と三人暮らしをしています。
それが一家三人もろとも秋田へ行ってしまうんですから、間宮家としても心ばかりの品をお別れに届けなくてはいけません。
紀子がそれを持って矢部の家を訪ねると、矢部の母を演じる杉村春子が「本当に失礼な話だけど、あたしの胸の内だけの話だと思って聞いて頂戴、紀子さん、あんたみたいな人に謙吉のお嫁さんになって欲しかったのよ」と言ったんです。

それを聞いた紀子の表情はパッと明るくなって、「おばさん、ほんとうに?あたしなんかでいいの?」と、こうなっちゃうんです。
この作品では杉村春子の役は小さいですが、しっかりと観客の印象に残っていることでしょう。
大喜びして「紀子さん、あんパン食べない?」とか素っ頓狂なことを言ってみたり。

ここまではいいんですよ、矢部の母と紀子の間で話がまとまったところまでは。
紀子が帰宅したら、間宮家では大反対の嵐。
何も好んで子持ちの男と秋田まで行かなくったって、と言うのがその主旨なんですが、紀子の決意は変わらず、皆さんお手上げ。
そして紀子はものすごい勢いでお茶漬けをかっ込む、と。

一家は離ればなれになるけれど、思い出は忘れない

翌日、「本当にこれで良かったのかねぇ」と、布団の綿を打ち直しながら紀子の母が兄嫁に対してしんみりと言うのが、やっぱり釈然としていない親心を感じます。
甲斐甲斐しく手伝いながらも、兄嫁の方はこの結婚になにか明るいものを見ようとしています。

そして紀子と兄嫁が海岸へ散歩に行くのがクレーン車撮影です。
とは言っても小津の演出です、他愛の無いことを話させているんです。
「紀子さん、本当に後悔していないのね」
「あたしね、ほんとは40過ぎて結婚のひとつもしていない人って何だか信用ができなかったの」
「これからはあんなお高いショートケーキなんか買ったりしちゃダメよ」
「分かってるわよ、姉さんとはやりくり競争をしなくっちゃね」

そしてふたりは突っかけを脱ぎ捨てて、素足で砂浜を走るんです。
とても健康美に溢れていて好きなシーンです。

紀子の結婚により奇しくも間宮一家は離ればなれになってしまうことになります。
両親は大和へ引っ越して行くことになったんです。
家族で最後に記念写真を撮るシーンでこの映画は終わるんですが、原節子のあでやかな美貌が、この時期が円熟期だったように思います。

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